2008年11月14日

人参

「ベランダ」

布団を剥がすと、肩の辺りがカンと冷え、
脆い朝日が漏れる方へヨチヨチ歩み寄ると、
ベランダにヨボヨボになった人参が3本落ちていました。

私は、その場に泣き崩れました。

「オオバコ」

すっかり寒くなりました。
あぜ道から見えるお墓群もすっかり澄んで景色と淡く同色化し、
ひんやりと冷やっこくなった無機質色の墓石が、
どこの影かわかりもしない影に隠れてしまいます。

つるつるした墓石は、やっぱり冷やっこいのかしら。

茶色くなったオオバコの束だけが、
冷やっこい墓石の私が手を乗せた、その脇に小さく積んでありました。

「苗」

春だから、私は苗とプランターを買って家に帰ってきました。
家庭菜園をしようと人参の苗を買って帰ってきたのです。
人参の、ひょろんとした茎はずいぶんかわいい。
尖ってても、肌に当たると、くねんと曲がって、痛くないんですもの。


「冷たい窓」

淡く澄んだ空気とは正反対に、窓ガラスは白く曇ります。
キンと冷えた空気で、すっかり脆くなったガラスに、
重くなった頭を寄りかけ、ホッペをそっと吸着させます。

急激な人肌のぬくもりで、バリンと割れた冷たいガラスが、
バラバラと足下に落ちてゆきます。


足の小指から流れる血は、割れたガラスのせいかしら。

猫にかじられた。

「人参」

カラスすらほじくり返すだけで口にもせず、
子のように丹誠込めて育てた人参すらも、
私はヨボヨボに萎んだものしか作る事が出来ず、
涙目をこすった手さえも、
皮膚が乾燥し白くカチカチになって逆立ち、
むくんで腫れ上がった目の隈をジョリンと削って、
痛い。涙が止まりません。

朝から頭が重い。
窓ガラスの冷やっこさで、
左の耳たぶまですっかり冷えきった頭を離すと、
昨日揃えたはずの前髪も、すっかり乱れて、
白い窓の真ん中に残っていました。

2008年10月09日

帰路




青い空がまだスコンと抜けた時間帯に、
私は家に急いで向かうのでした。

右手にもう穂がふくれ始めた稲畑が広がるあぜ道を、
ひとりそそくさと歩いていると、
彼岸花を手にした、大きな赤いランドセルを背負った半ズボンの少年が、
互いに石ころを蹴り合いこちらへ向かって帰宅していました。

小太りの方の少年がエイと大きく蹴った石ころが大きく軌道を外れ、
私の靴にゴスンと当たりました。

私は知らないふりをして帰路を急ぎました。


  6体並ぶ地蔵の周りににょきにょき伸びる彼岸花が
  青い土手にいくらでも生えているので
  欲張って大きなものを5本手折って
  母にプレゼントしました。

  縁起でもないとポキンと折って捨てられてしまいました。

  家に持ち帰れば火事になるというあの華は、幼い私にもまるで
  細く先をくるりと巻いた赤い花弁が、
  伴大納言絵巻の業火のような恐ろしい火の描写に見え、
  ポキンと折って出る汁も汚らわしく、
  二度と手で触れるたくなくっちゃって、
  群れを見つけると、足をブンブン振り回して
  ゴム靴でポキンポキンと退治してやるのでした。


路の脇に、何重にも、腰の辺りまで積まれた何列にも瓦が並ぶその上に、
鮎次郎がおりました。


  同級生が女の子二人しかいなかった私には、
  サッカーや野球などのボール遊びなど夢の又夢で、
  毎日作業的におままごとを済ますのでした。
  仕事から帰ったおとうさんにAちゃんが差し出してくれた、
  お椀一杯に盛られた一輪の多きな彼岸花に、
  私はギョッとしながら、火の不幸が決定してしまったこの家庭に、
  大黒柱として責任を感じながら、
  おかあさんが出してくれた、何かわからない食べ物を
  おいしくいただくふりをするのでした。

瓦の上の鮎次郎には(なんと)連れ合いがおり、
メス猫と大人しくピタリくっついて黄昏れていたのですが、
私が突っ立って眺めていることに気がつくと、
ナーンと瓦から飛び降り走り去り、
その後をメス猫もナーンと追って行ってしまいました。

瓦の傍らに、一人残された私は澄んだ空に胸を掴まれるように突然寂しくなり、
私は知らなかったふりをして帰路を急ぎました。

2008年09月11日

あかり


もう少し、どうにかなるものと思っておりました。

ただ、無力というものは、本当にどうしようもなく、
そもそも、チカラと言うものが無いのですから、
這う事も、膝を立てる事も、
だまされてたみたいに、元から何もできなかったのです。

体力も、気力も、力もなく、放り出された私は、
何もできない私は、どうすれば良いのでしょうか。


「きのこ1」
歩道の街路樹の脇で拾ったキノコが、
たった2日で、しぼんで黒くカチカチになってしまいました。

鮎次郎は食べるかしら。


「明かり」
思い上がりで、ずんずんあるいてきたココは崖。
我がままな価値観が、とっくに突き放されていると、
どうして気がつかなかったのでしょう。
たっぷり貯めた資産は、すべて木の葉だと、
私だけが気がつかず、ずいぶん見せびらかしてしまいました。

急に恥ずかしくなり、火照って光る頬の暖かいひかりが、
私の暗い部屋から、外へもれる。



「竹」
折々で、節を付けてやらねばいけないということがあります。
どうしても節が必要だという事があるのです。
節の無い竹は、ぐにゃりと曲がって、
頭がやがて地面に付いてしまうのです。


「静脈」
腕でとくとくと動く、1本の静脈の筋を、
えいっと摘むと、死ぬかしら。


「きのこ2」
疲労感と気怠さが、偽物イクラのゼリーのように、
体の皮の中に、どぷりと満タンに注射される事がよくあります。

体は、もう言う事を聞かず、
ただ倒れることも、すがむ事も、逃げる事もできず、
ただ、大きくふくれた頭だけがぼんやりしたまま宙に浮いて、
足は、地面の中にあるとも、宙にあるとも知れないのです。


「雀」
庭で雀が死んでおりました。
痩せこけて土をかぶって、コテンと倒れておりました。
涙がポロポロで出て来たのは、
羨ましかったのです。

2008年08月21日

晩夏

『向日葵』
壁の塀から覗く私より背の高い向日葵は、
茶色くギュッと締まり、
おじいちゃんの首のように筋が浮き出た、
か弱い茎をかろうじて高く高く挙げ、
種だけの顔をだらりと垂れます。
パチンと私が手を叩くと、種は全部ポロポロ落ちてしまう。

種の側に転がる蝉。太陽は西。雨がまた降る。



『雲』
みんなが、私を嫌って笑ってる。
胃が、キリキリ舞う。
熊手で空を掻くような言葉が、
頭を空っぽにしてゆく。
もやもやの厚い雲が低く低く降りてきて、
首まですっぽり覆ってしまう。
蹴散らしてやる。

すっかり蹴散らされたのは、私。



『風』
暗くなり始めると、
涼しさが私の腹を撫で、
お腹がゴロゴロ言います。

おでこに汗が滲む、夕立かしら。





『猫』
窓の隙間から忍んでくる風が、
鮎次郎の鼻を触るせいか、
鮎次郎はテーブルの下に潜ってしまい、
縮こまって震えてます。
気の毒に思い、私は鮎次郎を引っぱり出して抱いてやりました。
ゴリゴリとなる手首。
歯を立て噛み付いて鮎次郎はどこかへ行ってしまう。

血 砕 ほにぇ




『テーブル』
薄明るい台所のテーブルの上に林檎が転がる。
季節は逆なので、まだ小さい小ぶりの林檎。
仏間に添えられた、少し萎んだ林檎を取ってきて横においてやると、
なんだか気が合うみたい。

仲良しかしら。




『茄子』
乳母車の上に、茄子が並ぶ。
どこへとも知れぬ、持ってゆく。
作っては、作っては、運ばれてゆく。
茄子を受け取るしわしわの手。
しばらくの、おしゃべり。

大きな山の麓を、祖母が、歩く。




『霧』
雨上がりに、山の巻く白いマフラーがオシャレ。
おじいちゃんの手ぬぐいのように、かわいいんですもの。
私なんてちっともオシャレじゃありません。
かなわないんです。
柄の使い方も、スラックスの履き心地も、
手ぬぐいの結び方も。

風が吹く、流れれて、小さな繊維はチリチリに、霧が散る。

2008年07月10日


やれ、梅雨だ。やれ、夕立だ。と、
何かといいかげんな理由を付けて
毎日のようにしつこく雨が降るものですから、
足がムズムズして、痒い。

夕立で湿った靴下を引き剥がし、
ぶっきらぼうに足の裏を掻いても、
痒みの原因はまだ深く、
カカトのあたりをゴリゴリとグーでなすってみても、
コタツの角に強くなすりつけても、
骨の傍らからやってくる痒みには
足の裏の厚い皮膚が邪魔でどうしても届かず、
結局私は、痒い足をポーンと放りだして、
鮎次郎を枕に寝て耐えるのでした。


夕立で濡れた、文庫の端がふにゃふにゃに波打って固まり、
そいつのせいで、ぎゅうぎゅう詰めだった本棚から、はみ出た本が、
「えこひいき!」不幸な我が身の劣等感からか、私の前から姿を消しました。

部屋の角に積み重ねた雑誌の山の仕切りの奥で、
私に背中を向けて眠る鮎次郎に、
私は、想いやり、棚の上に隠しておいた大きなキノコを、
鼻の曲がった顔に覆いかぶせてやりました。
しばらくプルプルした後、
にゃーんと言って、鮎次郎はふらふらとそのまま外へ出てゆきました。

雨の日に、わざと部屋で体育座りをして、しとしとと雨の落ちる外を眺てると、
センチメンタルになっちゃった。

じりじりとした暑さで空気の歪む繁華街をとぼとぼ当ても歩いても、
湿気でぼんやりと滲んでしまった私の顔は、
見にくく崩れてしまっているので、誰にも気がつかれる事がありません。

立ち読みする漫画の端が、濡れた私の手の湿気を吸って波打ち、
その本をそのまま本棚に戻しても、叱ってくれる店員さんはいません。
店先に積まれた今月号のファッション雑誌を太ももに引っかけ、
ドサッと床に散らばっってしまた雑誌を「しまった」と拾う私に、
手を貸す店員さんもやはりいません。

雑誌を積み直して立ち上がり、ポカンと天井を見ていると、
虚無感が鼻にかかり、くしゃみが出たので、
そのままとぼとぼと、誰もの顔が滲んでしまった、
薄暗く霧のような雨が覆う夕暮れの繁華街をまた歩き始めました。


日陰で足を止め、ついと人気のない方に目をやると、
ビルとビルとの隙間のゴミ捨て場に、
鮎次郎にかぶせたキノコが、転がっていました。

2008年06月12日

小指

「オニヤンマ(セイカ)」

応接間に続く天井の低い廊下をミシミシと、
1歩足を踏み出すたびに鳴る床を踏み、
歩く私の右手からコツンコツンと窓が鳴ります。

おや、と思い音のする方へ寄ると、
開けっ放しの窓から入ったオニヤンマがレースのカーテンに引っかかり、
目玉だらけの小さな頭をコンコンとガラスにぶつけ、もがいているのです。

思わぬ大物を手にしたラッキーボーイは、
丁寧にオニヤンマのイガイガの足をレースのカーテンから外してやり、
空のコーヒー瓶のふたを緩く絞め、
その中で縦になってカサカサいっているオニヤンマを、
頬杖付いてしばらく観察した後、そのまま外へ逃がしてやりました。


「ヤモリ(トカイ)」

日が落ちて何時間もたち、
人通りもすっかり少なくなった歩道の脇、
蚊の殲滅を呼びかける自治体のボスターが貼られた連絡版立つ、
黄色く薄汚れて入るものの、貫禄のある白く大きく長い学校の壁の中腹に、
ヤモリがピタリ。

懐かしがるわけでもなく、憎いわけでもなく、
私は足下にあった小さな小石を拾い上げ、
コツンとヤモリの脇の壁に軽くぶつけてやり、
ヤモリを逃がしてやりました。


「蚊(ヒトリグラシ)」

左手小指の第一関節の辺が、
赤く腫れ、膨れた皮膚はカチカチに固くなって、痒い。
カチカチに赤くなった第一関節を、
ぶっきらぼうにしっちゃかめっちゃかベットに擦り付けますが、
痒みは収まらず、
固い皮膚に爪をグッと何度ペケポンしても、
内から沸き上がるウズウズした痒みは、
小指に熱を帯び始め、ますます収まる気配がありません。

蚊。

カチカチの小指の小さな腫れは、
水たまりののように柔らかく変わり、広がれるだけ広がってゆきます。

ベットに擦りすぎて、赤く腫れた小指に広がってゆく青白い水たまりを、
私は右拳でぎゅっと握りしめ、
たった1匹の蚊に占領された我が部屋をトボトボ出てゆき、
蚊取り線香を求めてコンビニにゆくのでした。

2008年04月10日


「春」
ぽかぽか陽気に、景色もなんだか白みがかって明るい。
やんわりとした明るい空気が鼻にかかって、
くしゃみが3回も出たので手がグシュグシュ、春なのね。

暖かいので、恋でもしようかしらと、
いつもの疲労が吸い付く重いアスファルトを、
踏んで、踏んで、今日は白味がかった街に出ます。

ごたごたした人ごみで見かけた、
あら、きれいな人。
華奢な肩にかかったグリーンのセーター。
後ろを追いかけてみます。

グリーンのセータは、コカコーラの自動販売機の横、
路地に続く、細い桜が塀から覗く曲がり角を、
短い髪をフッとふって折れたので、
私も後ろから、こてんと折れました。

私は、すっかり色きちがいです。

ウソ、私は今日も部屋にいます。


「川」
コチンと目の前の石ころを蹴とばすと、
向こうの石ころに当たって、2つとも、
昨日の雨で黄土色に濁った川に落ちてゆきました。

川底の岩に水と水がぶつかり、
川面はどぼどぼと膨らんだり沈んだり、
その流れの部分だけが透明で、キラキラ光っています。

足下の毛虫草の穂を千切って、
ぽーんと水面に放ると、
後ろから流れてきた桜と一緒に、
水面の淀みに吸い込まれていきました。

桜の花びらは、渦を巻いてクルクル回っていました。
私が放った毛虫草は、沈んだり浮いたり沈んだり・・・
どこかに行ってしまいました。

「桜」
雨にぬれてじわりとピンクに滲んだ桜は、今日、ますます赤みを増し、
雨を吸って重くだらりと垂れた枝先が、
いま、道を歩く私の鼻の先にあります。


目の前の、雌しべと雄しべをこちらに向けた湿った赤い花弁を観ていると、
何だか何も見えなくなってしまって、
そっと花に手を伸ばしたとき、
ワン!と後ろから犬に鳴かれ、
私はそのまま犬に追われました。

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