雀と墓石
草むらの折り重なる枯れた茶色に緑が混じり始めると、
握りしめた手にも汗がじんわり滲み始め、
あ、春かしらと
いつものマフラーもチクチクと毛糸が刺さって痛い、
重厚感に違和感のあるコートも手袋も、
ただの潔癖の過剰防御のように思える季節になりました。
秋の枯れたススキが高く折り重なる、
足の踏み入れ場のないような草むらに、
モーゼのようススキが避けた道があります。
その先には、墓場とも言えない墓石群が10程、
青空と、枯れたススキだけをバックにあっけらかんとあります。
1つの墓石に群がる雀は、
墓参り後に残された、お団子やら花の種やらをチュンチュンと、
学生一同大集合のごとく、押し合いへし合いつつきまわっている様子。
私には、墓石を見て思い出す人なんて1人もいないのですが、
ふだんからお世話になっている、あの人もあの人も、
いつか、みんなポイポイとこの中に入ってゆくのかと思うと、
何だかとても感心してしまって、とっても澄んだ清らかな気持ちになってしまいます。
墓石と、枯れたススキと、群という程群がる雀はよく似合う。
欲がちっともないんですもの。
押し合いへし合い、馬鹿みたいにお団子をつまんでは吐き出し、
また同じのをつまんではあさっての方向を向き、また吐き出してやがる。
私には雀になりたいと思った時期がありました。
いっそ気違いになって、楽になってしまいたかったのです。
もとい、私は素直になりたかったのです。
雀がばたばた慌てだしたので、
あっ、そろそろ帰る時間かしらと、
墓石を背にし、再びススキの裂け目に挟まれ、
その中腹程で、名残惜しく墓石の方に目をやると、
まだ冷たい墓石の後ろから、
口をモゴモゴさせた汚い野良猫がにゅっと出てきたので、
何だか涙がポロポロ出てきました。