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2007年09月24日

つむじ風

特に夜なんかに街にいると、急に心が真っ暗になって、
苦しくて苦しくて、突っ伏して泣いてしまう事があります。と、
世のチヤホヤされたデザイナー達が言ってくれれば、
どんなに私は救われるだろうと、思いながら近所を散歩していたら、
偶然、鮎二郎を見かけました。

普段、鮎二郎を家以外で見かけることは、
又とないのですが、偶然出会った鮎二郎は、
家の近所の神社に向かう坂の途中で、
つむじ風に巻き込まれていました。

体中にまとわりつく木の葉やホコリ、砂などに、
バシバシバシとやられながら、
何が何か分からず半狂乱に右往左往跳ね回っていた鮎二郎は、
しまい目に鼻に小石をくらい、そのまま亀の子のようにうずくまり、
つむじ風が神社の方に帰って行ったその後も、
微動だにせず、坂の中に丸まって落ちていました。
私はそれを坂の下から傍観していました。

私も、よくつむじ風には巻き込まれます。
女の子と食事に行くとき、就職面接の時、遠足の日、運動会の日、
決まってそんな大事な日に巻き込まれます。

始めは、目の前で木の葉がクルクルと回り始めるので、
ついつい面白がって駆け寄ってしまうのですが、
私が駆け寄ったとたん、木の葉が砂埃を巻き込んで大きくなり、
私はその中に閉じ込められます。
私はその間中直立し、顔面に当たりツ続ける、木の葉や小石、砂埃を目を閉じて耐え、
しばらく、巻き込まれ続けた後、
気まぐれに次へ向かうつむじ風の中から、みすぼらしくなった私が誕生します。

おかげで、デートも、就職面接も、全て失敗。
みすぼらしい人間を認める人間なんて、この21世紀の近代社会にはいません。
つむじ風を喰らった私は、みんなに捨てられます。
つむじ風は悪魔の風。鮎二郎を返しておくれ!

2007年05月11日

帰ってきた鮎次郎〈前編〉

鮎次郎に逃げられた私は、ひどく荒れました。

私は出勤用の水筒に、
お酒をいっぱい入れて持ち歩くようになりました。
私はそれを浴びる程飲みました。
車にのる時もたくさん飲みました。
「私の暴走は、お酒のみに有らず。」
夜中にバラ園に忍び込み、
バラの花を全て叩いて落としました。
神社のお賽銭箱のお賽銭もたくさん盗みました。
夜に小学校に忍び込んで、
毎日のように上履きを裏の長池に放りました。
もう・・人殺し以外の悪いことは、
私は、全てやりつくしたのではないでしょうか・・・。

昨日も私は、仕事の帰りに神社に忍び込み、
トリモチを使ってお賽銭を盗んでいたのです。
ようやく653円と蠅6匹(その神社は、やたらに賽銭箱の中に蠅の死骸が入っています。)くらい
捕まえた頃でしょうか、賽銭泥棒仲間のゴローさんと見知らぬルンペンがやってきました。
(ゴローさんはこの辺りに住む、ペルー人のルンペンなのですが、
私が酔って電柱と喧嘩していた所を仲裁に入ってくれた恩人でもあるのです。
ゴローさんは「アナタ、モウチョットデヤラレルトコロダッタヨ」と後で言っていました。
私はこの言葉を聞いて、本当にペルー人のゴローさんに対する感謝の気持ちが一杯になり、
鮎次郎を失って以来、本当に久しい温かい気持ちになったのです。
その後、私はこの神社に連れて来られ、このトリモチを使った賽銭泥棒の方法を仕込まれたのです。
私はゴローさんに、賽銭泥棒のテクを教えて頂いたお礼に、
収穫の6割を毎日支払っているのです。)

〈私は、たった今、気持ちが溢れんばかりに高ぶっています。
 一度にはとても書き切れません。〈後編〉に続きます。〉

2007年02月24日

忘却!鮎次郎!!

あぁ、なんということでしょう。
これほどの狼狽は、初恋の人が私をキモイと言っているのを聴いて以来。
私はたったひとりぼっちの友達を失ってしまいました。

鮎次郎がどこかへ行ってしまったのです。

先日、Wiiを楽しんでいた私は、ついつい無我夢中になっていまい、
それはもう力いっぱい気違いのようにリモコンを振り回し、
それが“フンッ”“フンッ”と鼻から息が漏れるほど半狂乱していたものですから、
手汗で滑ったリモコンが、ツルンと明後日の方向に飛んでゆき、
昼間から閉め切っていたカーテンにボサッと当たり、
そのままカーテンに包まれるように垂直に落ちていったのです。

しかし、その時鮎次郎は、カーテンを透き通って日の当たる窓辺で、
ヌクヌクと昼寝をしていました。これは鮎次郎の日課なのです。

Wiiリモコンは、カーテンに包まれるように、そのままゴッスっと鮎次郎の脇腹と突き刺しました。
鮎次郎は突然の衝撃に、ビクンッと体を直線に伸ばし、しばらく体を緊張させたまま、
もう何も無い様子を悟ると、元の姿勢に体を戻し、
自分の腹の脇に落ちているWiiリモコンと私の顔にゆっくりと目をやり、
そのまま立ち上がって、首を力なく垂らして、片足を引きずりながら部屋か出てゆきました。

それから、鮎次郎はいなくなりました。

「ネコは死ぬ直前にどこかに行ってしまうよね」と私の記憶に間違いなければ、そう言ったのは小渕元首相だったように思われます。
鮎次郎は死んでしまうのかしら。鮎次郎は死にに行ったのかもしれない。
私は鮎次郎を殺してしまったのかもしれぬ。
私の罪は友人殺しである。
私は罪を償わなければいけないのである。
私は今日は最後にもう一度Wiiを楽しんで、
明日からはWiiを隠してしまおうと思う。
これが私にできる、最大の断罪である。

あぁ、鮎次郎の死の予兆が勘違いでありますように。
「あいたたた、死ぬかしら。だってこんなに痛いの初めてですもの。」と、
事を大げさにとらえすぎたのでありますように。
鮎次郎、帰ってきてね。

2006年10月12日

鮎二郎と私

ayu.gif

私について、誰もが気になる事といえば、きっとこのニャンコの事だと思う。
名前は鮎二郎という。
近所を迂路つく野良猫共の中、たった一匹目を付けたコイツに、
毎夜キャットフードを与え、無理に懐かしたのが鮎二郎である。

鮎二郎という名前は、私のお気に入りの名前である。

鮎二郎という名前は、昭和の文学者の「井伏鱒二」からきています。
丁度その頃、新潮社の「山椒魚」という本を読んでいて、
生涯キザな東京弁と戦い続けた鱒二らしい、「嘘でしょ」というほど濃い方言の滝に浴びながら、
『お前は、鮎二郎に決めたがな』と、つたない方言の空マネで付けた名前を付けました。
ちなみに、井伏鱒二といえば、早稲田大学を教授のセクハラにより退学したようで、
どんな美男子じゃ、と好奇心そそられ新潮文庫のブックカバーのポラロイドを見れど、
なんだか、昔CMでやっていた『パッとサイデリヤ〜』のおじさんそのもので、
すごくガッカリしました、余談ですけど。
でも、「山椒魚」という本自体は、大変魅力的で、その魅力っぷりは、
やはりオダギリ・ジョーを遥かに凌ぐ、としか表現の仕様がありませんでした。余談ですけど。

鮎二郎・・・、きっと名前がいんだと思います。
鮎二郎という名前が、私名前であったなら、どんなに幸せであろうか・・・。
さぞ、私は魅力的であったに違いない。
この猫は大親友だから、私の大好きな名前を付けてやった・・・、少し惜しかったかもしれない。
私が卑しい心でいっぱいの時なんかは、私の喉の奥から、もったいないおじさんが顔を覗かせます。
グイっと飲み込めば、ゴリッと喉が痛いのですが、我慢します。
もういいんです。鮎二郎は無二の親友だから。

鮎二郎はメガネが大好きです。
鮎二郎はいつだって、寝る時には、私の股間を枕にするのですが、
突然ワッと起き上がったかと思うと、枕元のメガネを食わえて、何処かに行こうとします。
いつも柄を食わえるものだから、プラスチックで出来た柄はガタガタ。左だけネジがゆるんで開いてしまっています。
股間に衝撃を受けた私は、いつもビックリして起きてしまうので、
メガネを奪う鮎二郎を取っ捕まえるのですが、
起き損ねた時なんかは、
いつも庭の梅の木の根元に、だらしなく捨ててあるので、
なんだか淋しくなってしまいます。


山椒魚.jpg

山椒魚        井伏鱒二(いぶせ ますじ)

島のじじぃとばばぁのウサギを巡る口喧嘩の話「シグレ島斜島」や、ダムに沈む村に住む行政に憤るじじぃと、その隙にしじじぃの孫娘をモノにしようとする主人公の話「朽助のいる谷間」など、素敵なお話が盛りだくさん。